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ラディコーファニ                  Radicofani

 Siena県 Radicofani


ラディコーファニは、2004年に世界遺産となったヴァル・ドルチャ文化自然公園の
一部でもあり、周りを素晴らしい自然が取り囲んでいます。

町の歴史は古く、当時カッシア街道を挟んだ反対側に見えるアミアータ山の
中腹にあったS.Salvatore修道院の領地の一部であったことが
973年の記述で残っているそうです。
町は中世の時代フランスとローマをつないでいた重要な街道
【Via Francegina】(今のカッシア街道の一部)を見下ろす位置にあり
その戦略上有利なポジションを巡って教皇派、皇帝派
シエナ共和国、トスカーナ公国の間で各時代争われました。

オルチャの谷・ラディコーファニ 町の一番高い場所には、この村の歴史を物語る
 城塞跡と塔がそびえ建ち、それは町のシンボルともなっています。
 
 訪れることが可能なこの城塞の最上階からは
 オルチャの谷はもとより、シエナやボルセーナ湖を見渡すことができ
 空気の澄んだ夜には、ローマの街の明かりが
 ぼんやりと見えるほどの高さがあります。

 中世からの町並みには、13世紀に建てられた
 ロマネスク‐ゴシック様式のサンピエトロ教会やサンタ・アガタ教会
 町を出た県道沿いには、メディチ家が狩猟を楽しむための
 別荘であったヴィッラ・メディチがあり、去に旅籠(宿屋)
 そして教皇領との境に位置したことから
 税関としても使用されていました。

建物の外壁に今も残る(馬をつないで置く)鉄の輪がそのことを物語っています。
すぐ前には、立派なメディチ家のシンボルが掲げられた泉と
近くに大きな公衆洗濯場跡を見ることができます。



GHINO DI TACCOって何者・・・?

サンピエトロ教会の横、広場の一角に、ある人物の像があります。
剣と楯を持って町を見渡す彼はその名を
通称、GHINO DI TACCO(ギーノ・ディ・タッコ)と言い
ラディコ−ファニとは切っても切れない歴史的な人物です。

GHINOはキア−ナの谷のTorrita di Siena近くで
貴族の子として生まれました。
ある日、父TACCOをあるアレッツォの男に殺害され
その仇に復讐を企てます。
復讐を果たした後、逃げるようにしてTorritaを後にし
ラディコーファニに逃げ込みます。
そこでシエナと敵対していた皇帝派から傭兵として雇われるも
皇帝派の敗北から失業。
そしてカッシア街道を行く金持ちを襲う山賊のようなことをしていました。

ある日カッシア街道を通りがかった枢機卿を人質に、教皇派に身代金を要求。
ところがその枢機卿は病気を患っており、日に日にやせ細っていきました。
金目の物だけに興味のあったGHINOは、枢機卿の健康回復ためにいろいろと尽くします。
その甲斐あって見事回復、枢機卿はそのことに感謝し
ラディコ−ファニを教皇領の特別の保護下に置き、彼を助けることを約束しました。

800年以上も前の話ですが、地元周辺では
「弱きを助け、強きを挫く」彼は今もって英雄。
その証拠に彼にちなんで付けたであろうGHINOと言う名の人が多いそうです。
また彼の名はダンテの「神曲」やボッカチオの「デカメロン」にも登場しています。



アクセスの仕方

モンテプルチャーノから : 学校のある日のみ1日数本バスが出ています。




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